「あ」
「どうした?」
突然声をあげたナマエに、キルシュが聞き返す。
ガナッシュと別れ、そのまま遺跡を抜け、現在は文鳥ヶ原という土地に居る。光のプレーンを探索して、散ったクラスメイトを集める為だ。
「ねえ、みんな。バルサミコの声がする」
数歩話しながら歩いていれば、アランシアとキルシュも頷いた。二人にも聞こえたらしい。
「バルサミコみたいな声が聞こえた気がする〜」
「ああ、オレも聞こえたよ。ピスタチオ、お前は?」
「文鳥の声に、文鳥のニオイがするだけだっぴ。ミョウジはどうだっぴ?」
ミョウジは大きく頷いて、声の方向を指差した。ナマエも彼方から聞こえたことに同意だったし、周囲の草は疎だから、この辺りには集落があると踏んでいる。ミョウジを先頭して、このまま進むべきだろう。
「なにものだ!お前たちッ!」
ミョウジの足を止めたのは、武装したブサイク────愛の大使の、男たちだった。
愛の大使の女の子たちは例外無く超可愛いのだが、男は何故かみんなブサイクになってしまうのは有名な話だ。遺伝子レベルで呪われているに違いない。
と言っても、愛嬌のあるブサイクなので、彼らはマスコット的なかわいさがある。愛される理由は何も、美しくて可愛いだけではないというのを証明する為にちょっとブサイクなのかもしれない。
それにしても、彼らの様子は穏やかではない。今にでも説教し始めそうな感じだ。
ナマエは全員で聞く必要も無かろうと、コッソリ隊列から外れて林を進む。振り返ればピスタチオが何か言いたげだったが、ナマエが聞く必要の無い話をされるとバックれるのは良くあることなので、黙っているようだった。
そのまま少し歩けば、魔バスが見える。駆け寄れば、運転席に人影があった。どうやら、バルサミコもコチラに来ていたらしい。
「よーう、ナマエ!オメーはしぶといから、ぜってー怪我ねえとは思ってたが、他のヤツらは大丈夫かあ?」
「うん、今の所。それより、キミどうして此処に?
バスごとプレーンに居るなんて、おかしいよね。やっぱりこれ、おじいさんが仕組んだの?」
「まあまあ。怖い顔すんなよ。とりあえずバスに乗って寛いでいけって」
答える気はあんまり無さそうだ。無駄な問答は時間を浪費するだけなので、切り替えて次の質問に移る。
「そんな悠長な時間は無いんだよね。クラスメイトを見ていない?」
「さっきガナッシュが一人でどっか行っちまったぜ」
「元気そうだった?」
「おう、超元気だったぜ!走って行っちまったし。気分は悪そうだったけどな!ガハハハ!」
若干気になるところはあるものの、ガナッシュはクラスメイトを探しに行ったのだろう。彼はそういう人だ。
ガナッシュのことは一先ず置いておき、引き続きバルサミコの話を聞く。
「あとはー…カフェオレとペシュとブルーベリーとレモンは見たぜ。レーミッツ宮殿の方に行ったな。
んでだ、暫く帰って来てねえんだよなあ。お前、探しに行ってくれるか?」
「何かあったかもしれないってこと?」
「そうかもなあ。結構長い時間経ってるんだよ」
後ろを見れば、ミョウジたちはまだ愛の大使と話をしていた。
ナマエは独断を避けるべきと決めたばかりだが、あの子たちに情報収集を任せて自分は先に行くのが最善だと判断する。
レモンは強いしカフェオレも戦えるが、ブルーベリーは身体が弱いし、ペシュは戦う為の魔法を持っていない。急いで合流した方が良いだろう。
「バルサミコ、ミョウジたちに先に宮殿行ってるって伝えておいて」
「おう。任されたぜ〜!」
ナマエは走り出した。後でアランシアに怒られるかもしれないが、大事になるよりマシだろう。
▽
村を無視して宮殿に一直線に向かったナマエは、彼らを置いて来て正解だったと率直に思った。
「扉が閉まってる…」
道の足跡からして、此方に人が歩いた形跡があるのは間違いない。だが宮殿唯一の入り口は閉じられて、目の前には聳え立つ大きな鉄格子があった。
四人で真っ直ぐ此方に来ていれば、一度引き返す羽目になっただろう。
勿論ナマエにはそんなこと関係無いので、近くの手頃な木を登る。
それなりの高さが有って少々危ないが、飛び越えられない高さでは無いと判断した。
宮殿を一望すれば、芝生の迷路が広がっている。ナマエはそれをよく見てから、近くの低木を見た。
そうして木から塀に飛び移って、庭の茂みに向かって飛び込む。草木には悪いが優先すべきは人間様である。
「げえ!塀を越えやがった!オレの宝箱、取るんじゃねえぞ!」
ナマエが塀を飛び越えるところを見ていたらしいピップルに暴言を吐かれた。
ナマエはなんと返すか少し悩んだが、無視して進むことにする。
しかしナマエを余裕で受け止めるくらいの低木だらけの庭園だ。迷路状になっているそれは、芝生迷路というやつなのだろう。
ナマエは先程答えを見てしまったが、正攻法で進むのは骨が折れそうである。
後から来るクラスメイトたちの為にも、魔法を使って道を開こうとすれば、「そこのお方」と足元から声がした。
「はじめまして。私は、さすらいポット族。
さきほど、2人のみなれぬ子供が中に入って行きました」
「女の子だった?」
「ええ。名前はたしか、ペシュとブルーベリー。ほかの仲間が来たら、案内して欲しいと言っておりましたが、あなたがそうですか?」
「そうだよ。でも、もう二人居なかった?」
「いえ、私が見たのは二人だけ。それと、この迷路は我が一族の向きに沿って進むと宜しい」
「貴方の仲間を見れば、ちゃんと答えが分かるってこと?」
「さようです」
「ふーん。そっか。じゃあこの後、帽子がステキな子が来ると思うから…ナマエも先に進んでますって伝えておいてくれないかな?」
「任されました」
ナマエは庭を焼くのはやめて、覚えていた通りに迷路を進むことにした。
彼らが協力してくれるのであれば、ミョウジたちは迷わないだろうし、無為な殺生は控えられるしで問題は何処にもない。
そのまま宮殿に進めば、「何処行きやがった!」と怒声が聞こえる。
先程のツボが言っていなかった人物の声だったので、ナマエは優先順位を入れ替えて其方に走って行く。
「よう!ナマエ!地獄へようこそ!」
案の定そこにはレモンが居たが、随分気が立っているようだ。
尻尾は逆立っていて、瞳孔は開いている。爪も出しっぱなしだ。
「今どうなってるの?
こっちは特に問題なくって、後からミョウジたちが来るよ」
「私たちの方は正直ヤバいね。この辺り、エニグマが複数匹ウロついてる。しかも、かなりの相手だ。
ブルーベリーとペシュが宮殿の中にいるんだが、不意を打たれるとマズイ。ナマエ、二人を頼める?」
「勿論。その為に来たから。でも、レモンはどうするの?」
「私はエニグマを引きつける。…と、言いたいところだが、見失っちまった!チクショウ!逃げおうせると思うな!!」
そのままレモンは西へ走り去って行ったが、あの様子なら暫くは大丈夫そうだろう。
彼女は気が強ければ闘志も強いので、エニグマに勝とうが負けようが屈することは無いだろうという謎の確信がある。
ナマエは気を取り直して、急いで宮殿の入り口へ向かう。レモンに頼まれたのもあるが、ペシュとブルーベリーだけでエニグマと出会した場合を考えるとゾッとする。隊列が非常に良くない。
▽
宮殿に入ったナマエが見たのは、エニグマに追い掛けられるペシュだった。
ナマエは迷わず飛び込んで、エニグマを蹴り飛ばす。巨体が吹っ飛んで、壁に打ち付けられた。
「クッ…闇の魔法使い…」
よろめきながら此方を見たエニグマに、もう一度キックを喰らわせる。
ナマエはそれを見下ろして、「まだ居るんだよね?」と挑発する。
「単騎では分が悪いか」
「そうだね。もっと沢山で来なよ」
エニグマは此方を睨み付けて、闇の中に消えて行った。
「ナマエちゃん!!」
「大丈夫だった?」
「大丈夫になりましたの!」
ペシュはナマエに飛び付いて、再会のハグをする。
ナマエとペシュは仲が良いものの、普段あまりスキンシップはしない。だが、よっぽど嬉しかったらしい。ずびずびと鼻を啜る音が聞こえる。
「心配しましたの…ナマエちゃん、結構寂しがりやだから…ずっと一人だったら可哀想だと思ってましたの。でも、もう大丈夫ですの!!」
「わたしが心配されてるの?」
「そうですの。ナマエちゃん、目が離せませんの。きっとカベルネちゃんとか、ガナッシュちゃんもナマエちゃんを心配してますのよ」
「ガナッシュには会ったよ」
「そうでしたの!今どこに居るんですの?」
「どっか行った」
「…ナマエちゃんはそういう子ですの!」
ナマエにハグをするペシュの背中をポンポンさすると、ペシュも負けじとさすってくる。
しかし呑気にこんなことしてる場合じゃないと気付いたペシュが、「こんなことしてる場合じゃありませんでしたの!」と大きな声を出す。
「あの、あの、大変ですの!あのね、あっ!!!」
「あ?」
ペシュが指差す方向に目を向ければ、追い付いたらしいミョウジ達が立っていた。
アランシアが怒っているかナマエはちょっと不安になったが、今回は寧ろキルシュの方が怒っている様子だ。
「ペシュだっぴ!ナマエもいるっぴ!」
「おいナマエ!単独行動すんなっての!お前アランシアに怒られたばっかじゃねーか!」
キルシュに怒られたナマエは「ごめ〜ん」と雑に謝罪をする。彼は意外と結果重視の人なので、「まあ、怪我がないんなら良いんじゃないの」とテキトーに謝っても許してくれた。
キルシュの過程云々でなく、終わり良ければ全て良し!の精神はナマエも見習うべきだと思っている。
「たいへんですの!ブルーベリーちゃんが具合が悪くなって、動けなくなって、それから…それから…」
「それからどうしたっぴ!!おちついて話すっぴ!!」
「そうよ、ペシュちゃん。最初からちゃんと話して」
「あ、あ、あ、あうあー。最初って、どのへんからですの~?」
慌てた様子のペシュはナマエを見て助けを求める。
しかし、ナマエも聞く前にみんなが合流したので答えられない。
「纏めてくれる?ブラザー」
適材適所とキルシュを見れば、「やれやれだぜブラザー」と呆れるポーズをする。彼はこういう時に話をまとめるのが上手いのだ。流石アニキと呼ばれるだけはある。
「まず、レモンが一緒じゃないワケから話しな」
「えーと、3人で門のとこでエニグマに襲われそうになって、レモンちゃんがオトリになって私たちを逃がしてくれましたの」
「それで?」
「この宮殿の地下で待ち合わせてたんだけど、ブルーベリーちゃんが具合が悪くなって、レモンちゃんも来ないから、誰か呼んでこようと…そしたら、ナマエちゃんに会って…」
「誰か呼んでこようと思って、それで、どうしてたの?」
「それで…迷子になって、エニグマに追い掛けられてましたの…」
「なるほどね。そこを先行ってたナマエに助けて貰ったわけか」
「うん。因みに、レモンには会ったよ。宮殿の外でエニグマを追っ掛けてる。ペシュとブルーベリーを任せたって言ってた」
「たよりにならないっぴ」
「ピスタチオちゃんに言われたくありませんの!」
ペシュとピスタチオは仲が悪いわけではないが、ペシュはピスタチオの不用意な発言を流せないので揉めることが多い。
しかし今は揉めてる場合ではないだろう、とナマエは適当に割って入ろうとするが、それより先にキルシュが流そうと手を出す。
「はい、はい、はい、はい。わかった、わかった」
「つまり?」
「つまりブルーベリーが、この宮殿の地下にいるんだな。それを助けに行くと」
「最初からそう言いましたの…」
「言ってないっぴ」
「ピスタチオちゃんのお耳は虫の穴ですのッ!?」
「虫の穴じゃないっぴ!!」
「どっちでもいいから、もう行こうぜ。ブルーベリーのことが心配だ」
進み出そうとする一向に「あ、ちょっと待って欲しいですの!」と声を掛けたのはペシュだ。
「なんだよ」
「私の魔法について説明が要ると思いますの。覚えていたら、きっと役に立ちますの」
「ペシュが魔法で戦えないってことだっぴか?」
「失礼ですの!!攻撃する魔法が使えないだけですの!」
ミョウジはメモを取り出して、ペシュに続きを促す。ミョウジは勉強熱心で偉い。
ペシュはフフンと鼻を鳴らして、愛の魔法を説明する。
「愛の魔法は攻撃することが出来ませんの。
その代わり、みんなを回復してあげることが出来ますの!」
「でもグミあるじゃん」
横槍を入れたのはキルシュだが、ペシュはそれに対して自信満々で回答する。
「カベルネちゃんや愛の精霊は、カエルグミを捕まえることを嫌がりますのよ。
だからミョウジちゃんが愛の精霊と仲良くしたいなら、私の魔法はとっても役に立ちますの」
「拾ったグミが余ったら、私が食べられるしね」
ミョウジは少し困った顔で手帳を閉じた。グミが余っても、暫くは貰えなさそうである。
▽
暫くペシュの先導に従って進んで行くと、地下への階段が目に入る。
道中結構寄り道…というか結構迷子になって来たので、脳内でマッピングも完了している。此処が確実に当たりだろう。歩いた感じ、残りスペースは存在しないので。
「ここですの!ここにブルーベリーちゃんがいますの!
エニグマが潜んでるかも知れないけど、カクゴはできてますの?」
ミョウジはペシュの言葉に頷いて、みんなの方へ振り返る。クラスメイトにも準備が良いかと聞いているようだ。
「出来てるよ」
「早く行こ〜!」
「急ごうぜ」
「オイラ、先にバスに戻っていても良いっぴ?」
「ダメですの!」
多数決で可決されたので、そのまま宮殿の階段を降りて行く。
ミョウジを先頭に荘厳な階段を降りれば、見慣れた青い頭髪が視界に入る。ブルーベリーと声を掛ける前に、ペシュが走って駆け寄った。
「ブルーベリーちゃん大丈夫ですの!?」
「お久しぶり…ペシュ、それにキルシュ、アランシア、ナマエ、ミョウジ」
「オイラもいるっぴ!!」
ピョンピョン跳ねるピスタチオを一瞥して「冗談よ」とブルーベリーは笑った。
彼女はクールそうな割に結構お茶目なので、彼を少し揶揄ったのだろう。
しかし顔色は酷い。此方に飛ばされる前から、無理をして来たのだろう。ペシュが背中を摩っているが、気休めにしかならなそうだった。
「ブルーベリーちゃん!休んでないといけませんの!」
「大丈夫。それより…」
「エニグマは三体居るらしいな。どうする?」
ブルーベリーの言葉を遮って、キルシュが本題に切り込む。元からその話をするつもりだったらしい彼女は、真剣な顔でミョウジを見た。
ミョウジは困ったようで、ナマエに視線を寄越す。此方の答えは簡潔だった。
「わたしが誘き出すよ。そしたらレモンと一匹ずつで、ミョウジたちで残りを倒せば良い。
もしも三匹に見つかっても、わたしは平気だから」
「イェーッス!流石ナマエだっぴ!任せたっぴ!」
「待って。そう言ったレモンも帰って来てないわ。私が足を引っ張って、友達にばっかり迷惑かけて…イヤよ。
あんな奴が三体も居るのに、一人で行かせるなんて」
「もしかしてブルーベリー、ここのエニグマを見たの~?」
「ええ、海岸に出たのとは全然違うわ。私達で三体を相手にしたらとても勝ち目はない。
だけど、これ以上散り散りになるのは危ないわ…!」
ナマエもペシュに襲い掛かるエニグマを見ているが、あれはハスネル族だろう。
甲羅のような外郭にそれなりの知恵を持っては居るが、ヴァニラに比べたら雑魚だ。とゆうか、弱いから纏まって行動しているに過ぎない。
ナマエは負けないだろうが、ナマエが居ない状況でミョウジ達が三匹に襲われた時は、確かに不味いだろう。
ブルーベリーの言うように、纏まって行動した方が良いと判断する。
「レモンが一匹をマークしている今がチャンスってことか…残りの奴らを一匹ずつ誘い出せば何とか…」
キルシュの作戦に応えるように、陰気な笑い声がロビーに響いた。
暗闇から這い出て来たのはダブハスネル。どうやら、ミョウジ達の一連の下りを見ていたらしい。そうして今わざわざ出て来たようだ。随分と性格が悪い。
「随分待たせちゃったみたい。悪いことしたな」
「言ってる場合かよ!」
ナマエは先頭に立って、後列を庇うように位置取りをする。キルシュとミョウジも前に出て、戦闘態勢を取る。
ピンチにも関わらず、ナマエは関心して「話を覚えていて偉いな!」と言ってしまう。ミョウジは照れて破顔したものの、そんな場合じゃない!と言うように体制を構え直した。
「安心しな、殺しはしない。宿主になってもらうだけだ。
光のプレーンで自在に振る舞うには、お前達が必要だからな」
「キミたちは他のプレーンに手を出さない約束だったと思うけど…気が変わったの?」
「知らないのか、魔法使い。時代遅れのザコが交わした制約なんか、とっくに無くなったようなものだ」
ダブハスネルは大きな身体をくねらせて、ナマエに腕を伸ばす。カサついた触手が頬に触れて、不愉快に感じたので叩き落とした。
彼は特に不快にも思わなかったようで、楽しそうに身体を揺らす。
「見たところ、お前だけは世間知らずじゃないようだが…情報が古いな。
こんな平和ボケしたヤツだらけの物質界なんか、すぐにでも攻め落とせそうだ」
「へえ。融合しないと話にならないのに?
どれだけの魔法使いがキミたちの口車に乗るんだろうね?」
「い、い、い、イヤだっぴ!融合なんかしたくないっぴ!
オイラふさふさの尻尾もツヤツヤのおハナもお気に入りだっぴ!エニグマになんかなりたくないっぴ!!」
ほらね、という顔でナマエはダブハスネルを見たが、相手は愉快そうにケタケタと笑った。
「死を前にして同じことが言えるかな?」
眉間に皺が寄るのを感じながら奥を見やれば、暗闇の中にまだ何か蠢いているのが見える。
案の定、一匹では無かったらしい。ハスネル族らしい性格の曲がり具合だ。
「うわ!マジかよ!」
キルシュは鈍いが状況が飲み込めないヤツではない。
もう一匹が待ち構えているのを理解して、イヤな顔をした。アランシアも青ざめて指差しした。
「二匹だ~!二匹も居る〜!」
「二匹とはな…虫のように呼んでもらって光栄だよ」
「大変ですの!三匹居ますの!」
「ひあ~~~~!!オイラ融合したいっぴ!エニグマ様と融合して強くなりたいっぴ!!死にたくないっぴ!!」
「くっくっくっく。分かってもらえて嬉しいよ」
三匹目の登場に、ピスタチオは簡単に屈したらしい。ナマエはどうするか悩んだが、本気で融合されたら困ると思った。
タダのエニグマが三匹であればどうとでもなるが、融合を済ませたエニグマはナマエの手に負えるか分からない。
「ぴっ!?」
ナマエはピスタチオの頭を掴む。
「ピスタチオ…残念だよ」
そのままゆっくり魔法を使おうとすれば、慌てた顔のペシュが背中にしがみつく。
反対側にはミョウジも手を伸ばしており、今魔法を使えば二人を巻き込んでしまうだろう。
「ナマエちゃん!目が怖いですの!だ、だ、ダメですの!ピスタチオちゃんは友達ですの!いつもの軽口ですの!」
「そうだったの?」
「そうだっぴ!!ハハハ、冗談だっぴ!!冗談だっぴ!!戦うっぴよ!」
そうは言うが、ピスタチオは足が激しく震えているし、ペシュもナマエの背中にしがみ付いたままだ。
ミョウジも不安そうで、キルシュとアランシアは覚悟を決めてヤケクソになっているが顔は青白い。このままでは誰かが融合してしまうかもしれない。
仕方無く全体を巻き込んで魔法を放とうとすれば、それよりも早く、何かがエニグマ目掛けて投げ付けられた。
「力に屈しちゃダメだーーーッ!!」
先端に何かがついた杖────何かしらの魔法が掛かったアイテムだろう。
勢いよく投げ付けられたワンドは発光し、エニグマの身体を焼いた。光を浴びたナマエの身体もヒリ付く辺り、愛の無い心に特攻があるのかもしれない。
「ぬッ!うごッ!うぐぐぉ…ッ!ぷきゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
杖はエニグマを倒すと、そのまま消失する。一度限りの消耗品だったらしい。
ナマエは杖を投げた人物を知らないが、ミョウジ達は知り合いのようだった。驚くキルシュ達に、愛の大使の三人は声を掛ける。
「油断するな!!こっちは私達に任せろ!!お前達はそっちをッ!!」
言われずともそのつもりであったが、彼方は戦い慣れて居なさそうだった。
ナマエがミョウジを見ると、ミョウジは頷く。手伝っても良いとのことだろう。
▽
ナマエは愛の大使達と共に、追い詰めたエニグマにトドメを刺す。
限界を迎えた身体にキックを叩き込めば、鈍い音を立てて床に転がった。それを追い掛けて、足蹴にする。上から体重を掛ければ、もう起き上がれないだろう。
「辞世の句でも読んでおく?」
黒い空洞がナマエを映した。どこまでも広がる暗さは、恐怖よりも安らぎを感じさせる。
エニグマは命乞いも身じろぎもしなかったが、消え掛けている身体を捻って、ナマエを真っ直ぐに見る。そして問い掛けた。
「何故グラン・ドラジェに協力する?あの老耄が強大だったのは、三百年前の話だろう。実際、我らは十五年前に善戦した。次は必ず、物質界を掌握する。
他の魔法使いのように、お前も力に溺れれば…」
「ユゥヴェックに勝てないエニグマと、グラン・ドラジェに勝てない魔法使いで融合して、何になるの。
それは、意味のない事だよね」
ダブハスネルは黙る。彼も“全て意味が無いこと”だと気が付いたからだ。
エニグマは物質界を落とすなんて簡単だと思っている。十五年前の戦争で沢山の魔法使いが死に、一年前にも新兵たちが殺された。
だが、エニグマを撃退するだけなら簡単なのだ。彼らは愚かだ。此方は物質界を守れないだけで、“勝てないとは言っていない“。
ただの潰し合いになった時、最後に立っているのはグラン・ドラジェだ。ナマエはそれを知っている。
ナマエは静かに足を振り下ろす。肉を潰す感覚が無くなるのは一瞬だった。
「死んだのか…」
青年はその姿に言葉を失って、そのまま武器を取り落とした。
「トルティーヤちゃん!!」
先にエニグマを倒していたクラスメイト達が駆け寄る。
親衛隊もトルティーヤを囲み、彼を励ました。床に膝を付いた彼は、顔を上げない。随分と心にキズを負ったようだ。
「ムスコさん…助かりやした…あっしら助かったっす!!」
「そう…エニグマが死んで…俺達は助かった…」
「そうですともムスコさん!!あっしら助かったんだ!!
村長ワンドはなくなったが…しかしそんなモノ!人の命に比べリゃ、へみたいなモンだぁ!!」
「助かったから何だって言うんだッ!!戦わなければ生きていけないなら、なぜ俺は愛の大使なんかに生まれてきたんだ!!
俺はもう…愛の大使なんかじゃない…生きてる資格なんてない!!」
愛の大使というのは、元来こういう思想の持ち主たちだ。
ペシュも同じ種族だけれど、彼女は両親が研究の為にコヴァマカに住んでいた。親はワクティ村生まれのようだけど、彼女自身は生まれも育ちもコヴァマカ。固いように見えて柔軟な思想を持っている。
ナマエは命と誇りが釣り合うわけがないと内心思ったが、余計なことだろうと黙る。
こういう心の機敏に由来する話は、ナマエの不得手とするところだ。
ナマエは困って沈黙したが、仲間達は当然そうではない。彼らは口々にトルティーヤを励ました。
「トルティーヤ、あんたは英雄だ。胸を張れよ」
「ハッ!この俺が英雄か!村へ帰り、皆の前で『俺を見ろ、俺がしたように戦え』そう言えばいいのか!?」
「誰もそんなこと言ってないっぴ」
トルティーヤには、仲間達の言葉は心に響かないようだ。
ショックなのは分かるが、当たり散らしている現状は良くない。エニグマを殺したからと言って、次にまた新手が来ないとは限らないのだ。
ナマエは早く収束させるべきだと判断する。
「愛の大使かどうかって、そんなに大事なことなの?」
「ああ、そうだ。俺は愛の大使であることに誇りを持っている。そうじゃなければ、俺なんか…」
「別に良いじゃん。愛の大使じゃなくても。
誇りが無くても人は生きていける。それとも、誇りの無い人間に生きる価値は無いの?」
「それは…」
トルティーヤは言葉に詰まった。
誇りが無い者に生きる価値が無いと言えば、全ての命を尊いとする愛の大使の思想とは相反してしまう。
彼の主張は自分に対してだけ厳しすぎる。だから矛盾しか無いのだ。
「悩むだけ無駄だよ。早く忘れたら良い」
「ナマエ、ちょっと言い過ぎよ」
話は終わりだと締めるナマエを咎めたのは、クラスメイトである。
ナマエは大人しく引いてブルーベリーを見た。彼女は真っ当に励ますつもりらしい。
「あまり思いつめないでトルティーヤさん。私もぺシュとの付き合いが長いし、愛の大使の考え方はよく解るわ」
ブルーベリーはそう言って、仲間たちを見た。
彼らもまた頷き、彼女の言葉を肯定する。
「あたしも感謝してますの!!ありがとうですの!!トルティーヤちゃん!!」
「センキュ~。トルティーヤ。俺も感謝してるぜ」
「ありがとう!ムスコさん」
「ムスコさん!!あっしらも、それからこっちの犬ちゃんも感謝してるです!」
「犬ちゃん…」
「トルティーヤ殿、村へ帰りましょう!!ワクティ村の村長として!!」
励まされたトルティーヤは寂しげに笑う。ナマエはなんとなく、彼は腑に落ちては居ないのだろうと思った。ナマエが彼の立場でも、きっとそうなるだろう。
他者に価値を委ね、自己肯定感を持てない人間。
精神形成の失敗した者の性質は面倒で、人の赦しでどうなるというものではない。トルティーヤを見ても、当然晴れた表情はしていなかった。
「ありがとう親衛隊、それに皆。
愛する者のために戦うこと…これは誠の愛ではない。父が言っていたよ。
愛している村や村人を守ったところで…戦ってしまっては、愛ではないんだ」
それを聞いて率直に「だろうな」とナマエは思った。
彼は他人の尺度でしか物を図れず、崇める人間の選定でしか価値観を決められない。
これ以上の問答は無意味だとナマエは考えているが、優しいクラスメイトたちは放っておく気は無いらしい。
彼らは口々にトルティーヤの考えを否定する。
「そんなことありませんの…それはトルティーヤちゃんのお父さんの思う愛ですの…
命を奪う為に戦うことは愛では無いけれど…大切な人を守る為に戦うことは、間違いなく愛の筈ですの」
「私もそう思う〜。大事な人が襲われてるなら、私、怖くたって戦うもの〜。
それって相手が大切で、好きだからだもん」
「誰がなんて言おうと、自分がそう思えばそうなんだぜ」
ナマエは愛の定義が分からない。トルティーヤが苦悩する愛足りえるかということが、どうでも良いことの様に感じる。
自身を決めるのは自身であるが、自分という定義は他者からの見え方も含まれる。本人がどう思ったところで、ほんの少ししか変わらない。なので、考える意味の無いことなのだと思っているのだ。
「今の俺は、そうは思えない。分かっているんだ。他人から見れば、そうではないと。だけど俺自身が俺を認められなければ、納得なんて出来ない。
だが────。」
ほらね、と言い掛けた口を紡いだのは、トルティーヤが存外に澄んだ眼差しをしていたからだ。
昏くて、淀んだナマエやナマエの家族だったものたちとは違う。彼の目は、未来を見ていた。
「いつか、全ての愛の形を受け入れられるなら。その時は。
また、どこかで会おう」
「トルティーヤ殿!!」
「お待ち下さい!!」
そのまま愛の大使たちは行ってしまう。ナマエに残ったのは、言い表せない消化不良と、大きな疑念だけだった。彼はどうして、希望を見たような目をしていたのか。
「後味悪いっぴ…」
「仕方がないことですの。エニグマが敵だとは言っても、相手が死んでることに変わりはないですの」
「気にすること無いと思うけどね。生き物は死んだら転生するだけだ。
殺したところで、リスタートが早まるだけ。死者のことなんか忘れたらいい」
「でも、ナマエちゃん…」
そう言うのに、誰よりも故人を気にしているのは。
ペシュは言葉を呑み込む。それは指摘しても仕方が無いことで、ナマエだって気付いていることだろう。彼女のこういうところを、ペシュは悲しいと思っていた。
「行こう。レモンとカフェオレを探しに」
キルシュの言葉にミョウジは頷いて、仲間たちを見る。ミョウジとキルシュはすぐに切り替えて、次を考えているようだった。
彼らのこういうところは優れているし、ナマエも思考に耽らず見習うべきである。頭の中の考えを振り払って、今後のことを提案する。
「レモンはそう遠くへは行かないだろうから…早く立て直して、合流するべきだと思うよ」
「でも、ブルーベリーちゃんが…」
「そうよ。ブルーベリー、大丈夫?」
「かなりやられてるっぴ」
ナマエから見ても、ブルーベリーは万全とは言えない。
二手に分かれて彼女をバスに送ることが最善だろうと考えたが、先にブルーベリーは立ち上がった。
「…大丈夫よ。それよりレモンはあいつを追ってた筈よ!!行きましょう!!」
