128ビットの恋人たち

 わたしはカロス地方のミアレシティに住んでいる一般人だ。
 
 元々は研究所の助手として雇用されていたが、現在は無職。
 というのも、身寄りを寄せていた研究所のトップ…所長であるプラターヌ博士が色々な事情により辞職なさった為、辞めるか残るかという決断を迫られ「えー!じゃあやめます!」と軽いノリで言ってしまったからである。
 
 大変に後先を考えない突発的な発言だが、それにはまあ、そう言い切るだけの事情があるといえばある。
 このポケモン研究所の次の責任者────新所長。その方に、ちょっとだけ問題があった。

 真っ青な髪に、奇抜なファッション。
 胸に刺したなんだか見覚えのあるサングラスは、結構前にカロス地方どころか世界を揺るがした慈善活動団体…というか、ちょっと思想強めの活動家団体のものであった。
 
 人を所属と見た目で判断してはいけないが、わたしはなんだか関わってはいけない雰囲気を感じる。
 だが、そのお方がなんと、司法取引により社会奉仕での減刑が認められ、研究所に赴任されるというのだ。
 もう無い記憶が、今作の悪い組織だ!となんとなく囁いてくる。
 
 静かで穏やかな毎日をハッピーに暮らしたいわたしとミュウツーは、喧騒の中に居るのを好まない。
 世界なんか救わなくていいし、改革や逆襲なんて望まなくていい。大好きな誰かと共に有る、人並みの幸福こそが最も愛すべき営みなのである。
 
 …ところで、今作ってなんだろう?
 ミュウツーに聞いても、はぐらかしてちゃんと答えてくれない。それなら多分、忘れていて良い事である。

 わたしがあまり深く考えずに「ふーん!」と流すと、ミュウツーは少し嬉しそうにする。
 瞳を細めた表情が、酷く優しい。わたしはその顔が好きだった。勿論、普段のクールな佇まいも好きなのだが。
 そう考えれば、ミュウツーはそっぽを向いた。表情を見せてくれない。どうやら照れているらしい。

 わたしはチラシを一枚手に取る。
 可愛いポケモンと、暖かなホウエン旅行。もう一枚めくる。エンジュシティで紅葉狩りを。更にめくる。タマムシシティでお買い物。
 ミュウツーがカントーの項目をそっと指に取って、ゴミ箱に捩じ込んだ。カントーへの移動はダメらしい。

“此処に居ればいい”

 彼はそう溜め息を吐いた。
 別にミュウツーは、旅行に乗り気じゃない訳ではない。わたしが行きたいと願えば、きっと何処へだって共に行こうと言ってくれる。
 これは単に、わたしがミアレから一度離れたいと思っている理由が気に食わないのである。
 
「だってさ、暴走メガ進化なんてしたら大変だよ」

 現在この街では、謎のエネルギーによるポケモンの暴走が確認されている。
 本来それは、わたしのような一般人が知り得る情報ではない。だが、ミュウツーは人間なんかよりもずっと優れている。パートナーである自分の知らない間に、街のポケモン達やミアレの人々の思念を読み取り、情報を独自に整理していたのであった。
 流石ミュウツー、クールで頭が冴えている。超かっこいい。彼は呆れた顔でわたしを見た。

“この街が好ましいのだろう。それならば…”

 続く言葉は、簡単に推測できる。ミアレが好きなら、移住なんかしなくて良いと言いたいのだ。
 
 わたしはミュウツーと、手持ちのカメックスを見る。
 二匹ともメガ進化が確認されている、数少ない種類の一匹だ。だけど自分はメガストーンを持っていないから、街で起きる暴動に抗う手段が無い。
 彼は優しいから、街のポケモンが苦しんでいれば助けるだろう。だけど、わたしはそれを危険と思ってしまうのだった。

「確かに、わたしはこの街が好きだけど…」

 暴走メガ進化に伴って、街ではトレーナーを強化する為のプロジェクトが始まっている。夜な夜な腕を競わせて、ミアレシティのトレーナーたちを鍛えようという考えが見え隠れする催しだ。
 わたしはそれも、あまり好ましくない。素直に強いトレーナーを最初から探せばいいじゃないかと悪態をつく。
 
 それに。ミュウツーのことが好きだから、あんまりバトルして欲しくない。
 
 口に出さない続きの言葉を、彼はしっかり読み取ったらしい。
 瞳を伏せたミュウツーは、みっつの指先を額に当てる。オマエに困らされている、とでも言いたそうなジェスチャーだ。

“ワタシは強い”

「それは知ってるけど。きみ、バトル嫌いじゃん。それならやっぱり、わたしはイヤだよ…」

 彼はちょっとだけ嬉しそうにして、すぐに気を引き締めた。
 わたしが真面目にそう言っているのに、彼を第一に考えているという事実にまず喜んでしまい、慌てて隠した…といった感じである。
 
 ミュウツー、最初の頃は割とトゲトゲしていたけれど、この街に馴染んですっかり平和ボケしている。あと、高知能を持った生命体特有の、しっかりした社会性が身に付いてきた。
 
 地面に付かないように浮いている、艶やかな尾。
 それはクルクルと動きながら、わたしの腕を絡めるように引いてくれる。車が来たら、さりげなく車道を飛んでくれるし、気温が下がれば、わたしとの距離を一歩詰めてくれる。
 これではもう、隣人というより────その、恋人のようで。わたしはすごく、満更でも無かった。
 ミュウツーも、そう有りたいから、そういう風に振る舞うのだろう。それが分かるから、余計に好きで仕方がない。
 
 小さな幸福を見つけ、それに気を緩める穏やかな気性もまた、彼の一面だ。
 発達した知能は、学習により感受性を強める。幸福という定義を定め、その内容と条件を沢山見たから、今はそういう感性が強く育っているのだ。
 
 わたしはミュウツーのそういう所を大事にしたいから、やっぱミアレ離れようよ!と思うのである。
 
 ミュウツーは一度咳払いをして、場をリセットした。そうして、冷静に、真剣に言う。
 
 ”オマエはバトルが好きだろう?“

 ────それは。
 確かに、わたしはバトルが”多分“好きだ。たぶん、というのは、今の自分はマトモにポケモンバトルをした事がないからである。
 
 わたし自身も、ミュウツーも、わたしの記憶が戻る事を望んでいないけれど…それはそれとして、ミュウツーは記憶を失う前のわたしのことも愛しているのだと、なんとなくそう思う。
 戻らなくていいだけで、嘗て在った事実があればいいという話なのだろう。

 じゃあ、やっぱ戻んなくていいや。わたしはミュウツーが好きだし、ミュウツーだって今も昔もわたしが好きなのだし。
 そう思えば、彼は口角を上げた。多分この考えは、わたしたちにとって一番善いものなのだと思う。

 ねー!とミュウツーを見る。
 彼は目を細めて、柔らかくわたしを見て────手にロトムフォンを握らせた。
 丁度ロトロト鳴り始めた携帯が、マッチング相手の情報を浮かび上がらせる。ミュウツー?ねえこれ、ちょっと。ミュウツー?

“ヒトもポケモンも、自由に思うまま、好きに生きるべきだ”

 わたしはミュウツーに甘いし、彼もわたしに甘い。
 お互いに、自分よりも目の前のキミのことが好きだから。互いを優先したくて、結局こうなってしまうという話である。
 
 くうう、と苦悶の声を溢し、わたしは落ちていく夕陽を見る。
 住宅が建ち並ぶ街並みに、やさしい眼差しをした美しいポケモン。
 毎日訪れる、その夕暮れが。この暖かくて、少し寂しい時間が。
 わたしは世界で何より大好きだったし、この街と愛するポケモンが、ずっと変わらずあればいいと思う。

 
 ▽
「こ…こんなゲーム間違ってる!
 ポケモン勝負はねえ!ターン制で行動や構築を読み合うから面白いんだよ!?」

 どう見てもHACぶっぱのヤケモン達がヤケクソの技をブッ放しまくっている。
 Hぶっぱじゃなきゃカメのドロポンが確一取れねえわけねえ!と熱り立ち、いや、ぶっぱってなんだろう?と冷静になる。
 
 普段はカメックスと呼ばれているカメックスが、ソワソワどきどきとしていた。
 日頃ハイドロポンプとちゃんと言ってるトレーナーが「カメ!ドロポン!」と叫び出したら、そりゃビックリするだろう。
 でも凶暴化したトレーナーのイケイケな態度、ボクは嫌いじゃないよ…という生ぬるい視線と、もじもじした可愛げを感じる。
 
 首を撫でれば、キュルルと鳴いてかわいい。
 沢山ポイントを取れてえらいぞ!と更に撫でれば、きゅるきゅるの短いしっぽがパタパタと揺れた。
 
 それはそれとして、激しい頭痛がする。
 わたしの知らないわたしの記憶が、この環境に強く異議を申し立てていた。

 ミュウツーはわたしを呆れ半分、微笑ましさ半分で見ている。
 口ではボロクソに言っているけれど、内心で“ミアレのランクマッチ、おもしろーい!”と強く思っている事がバレバレだからだ。

 ミアレは恐ろしい街です!
 ガブを見せ合い、牙ギャラが突っ込んでくる。炎技しか積んでいないイカれたシャンデラが暴れ回って、グロスがひたすら爆発している。
 あの悪名高いバンギが、トコトコとマップを逃げ回り、狙い目のおやつとして追い立てられていくのだ。なんだこれ。
 
 ランクマッチで見た事もないポケモンたちが、意味の分からない技を搭載して突っ込んでくる。
 失った記憶が何一つ役立たない、狂った新環境に脳細胞が震えていた。
 
 ミュウツーはわたしを見た。ランクマッチに支配され、バトルが楽しくて仕方がない、どうしようもないわたしを。
 わたしはポケモンが大好きで、ポケモンというシステムが大好きで、きっと全部が大好きだったのだろう。
 何をしても楽しいし、どんなことをしていても心が躍ってしまうのだ。
 
 ”郷に入っては郷に従え、なのだろう?“と、ミュウツーは首を傾げた。
 続きをテレパシーされずとも、彼の言いたい事が分かる。
 わたしが今なにを思っているのか。ミュウツーはよく分かっている。

「メガリングほしい… やっぱり、もっと力が欲しい…!」

 彼は大きく頷く。
 この街に好んで住むなら、最善を尽くすに越したことはない、とでも言いたげだ。
 ミュウツーも、メガ進化することには肯定的だ。巨大な力を自分で管理できることも魅力なのだろうが────わたしが。パートナーであるわたしが。メガ進化おもしろそう!と思っていることとか、心を読まずともバレてしまっているのだ。
 人間らしい醜さも含めて、彼はわたしを好きだと思ってくれている。それは恥ずかしいが、嬉しくないわけもない。
 
 メガリングがどこで手に入るかなんて知らないが、ジムを回って、冒険して、強いトレーナーになればいつかは手に入るだろう。
 わたしは楽観的で、適当なのだ。そうしてリングを手にしたら、またこのミアレに戻って来よう。
 
 ミュウツーに同意を求めれば、彼も楽しそうに肯定した。マイナスの理由で街を出るのは反対だが、未来のための冒険は彼も望むところらしい。

 思い立ったが吉日!と、わたしはカバンを肩に掛ける。
 新品の、さいきん少し流行っているスニーカーを履いて、ミュウツーの手を引く。
 カメックスと、捕まえたばかりのユキカブリもボールから出して、みんなで最初の一歩を踏み出した。

 わたしは駅のホームで、如何にも旅行者ですと言った姿のトレーナーとすれ違う。
 その人は男の子に見えるし、女の子にも見える。少しだけ、カルムくんやセレナちゃんに似ているとも思ったけど。
 
 不思議な雰囲気の子供は、此方を振り返らずに駅の改札を歩き抜けて行く。きらきらとした瞳で、初めて見るらしい街に笑顔を浮かべながら。
 ポケモンを持っていないようだったけど────なんとなく。あの子は、特別な何かを感じる。きっと、強いトレーナーになるだろう。

 わたしは何年経っても、カロスが好きだ。きっとミュウツーも。
 五年経って、なんなら十年経っても。あの子もそうであれば良いなと。
 わたしたちは、同じように思うのである。